どんなボケかたをしたいか
私、このブログを開設した理由がいくつかあります。
1.介護職員の処遇改善
まず、これを訴えたかったのです。
どれだけ過酷な現場で、精神と身体を酷使しして皆が働いているか、その現状を、全く介護という仕事を知らない人達にも難しい言葉を使わずに、分かりやすく伝えられたらと思っています。
私自身がそこに身を投じていますから、いつでも熱のこもったリアルな現場の悲痛な叫びをお伝えできるかと思います。
2.認知症という病気の認知度の向上
本日書きたいのはこちら。
認知症についてはWikipedia等で調べていただければ、詳しい事が書かれていると思います。
認知症は不治の病です。これだけ医学が進歩している世界で、未だ根治薬が開発されていません。
基本的に、認知症は高齢者に多く見られます。
以下にグラフを引用させていただきました。
出典:
栗田主一ほか:平成19年度厚生労働科学研究費補助金研究分担報告書. 2008. P135-156
ちょっと古い情報ですが、85歳以上では4人に1人が認知症だという統計が出ています。
かなり高確率だと思いませんか?
決して他人事ではありません。私達もいずれ高齢になります。
私は男ですので、男性の平均寿命である80歳まで生きられたとして、認知症にならない自信がありません。
というか認知症になる自信はあります。
まだまだ認知症がメカニズムは解明されていませんから、こうやれば認知症になる、ならないといった事はわかっていません。
しかし、こうすればなりやすい、なりにくいといった事は少なからずわかってきています。
例えば、食生活の改善ですとか適度な運動、脳の活性化を促すために頭の体操をする…etc
でもこういうのって、認知症の予防というよりか、健康に長生きするための予防策と一緒ですよね。
これをやったからといって、長生きするわけでも認知症にならないわけではありませんが、確率的に言ってその可能性をほんの少しでも下げる効果があるのだと思います。
先程私が、認知症になる自信があるといったのは、食生活の改善ですとか適度な運動、脳の活性化を促すために頭の体操をする…とかを全然やってないからです…
そういう意味でなる可能性が高いのかなと。勝手にそう思っています。
なら、どうせ認知症になるのなら、どのようなボケかたをしたいか、舵をそっち側にきって考えてみようと思ったわけです。
ここでは難しくなるのであえて書きませんが、認知症には色々な種類があります。
その種類によってボケかたにも色々なパターンがあります。
パターンといっても、個々の今まで送ってきた人生や、性格にも大きく左右されますから、全く同じパターンなんてのは当然ながら存在しません。
ボケたくて認知症になる人間なんていません。
誰もがなりたくないのに、そうなってしまうのです。
それが抗う事の出来ない自然の摂理であります。
私はそう思っています。というか、そうとでも思わないと納得がいきません。
現役時代、生真面目で優しかった旦那が、認知症になり暴力的になった等、良く聴く話です。
誰がそんな事を望んだのか。どこにこの怒りをぶつけたら良いのか。
自分が当事者になる可能性は大いにあります。
なら、せめてどのようにボケたいか。それくらい老後のために考えておいても損は無いのではないでしょうか。
私は基本的に、普段から物覚えが良い方ではなく(むしろ悪い方)ですから、恐らく私の認知症の初期症状は気付きにくいかと思います。
昔の事もあまり詳しく覚えていません。認知症の方は今の記憶はどんどん忘れていきますが、過去にあった印象的な事などはずっと忘れない傾向があります。
しかし、私の場合それも当てはまりません。過去の事もあまり覚えていないのです。
嫁や子供の生年月日もあやふやな事もありますし、簡単な引き算で悩む事もあります。
あれ?もしかして私…(´・ω・`)
まぁ、冗談はおいておいて(誰もまさか自分が認知症であるとは思いません。逆にそれが理解出来ている間は軽度だと言えます。私も生まれてからずっと軽度の認知症なのかもしれませんし)。
私の場合は、今が良ければそれで良いという、お気楽無責任な性格ですので、それがアダになっているのでしょうね。
あれ…どのようにボケたいかを考える前に、今の人生を見つめなおした方が良いような気がしてきました…
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